審美歯科情報を活用しよう
医師が、「また明日もこのくらいの時間に来ますからね」豊島区上池袋から江東区有明への引越しはスタッフにとっても大変でしたが、患者やその家族にも大きな負担を強いられた出来事でした。
最小限の患者以外、ほとんどの入院患者は他の病院に紹介され、転院したり、自宅に戻ったりすることになったのです。 一方で、「がん専門病院に緩和ケア病棟ができる」という情報をいち早くキャッチして、他院からの転院を心待ちにする患者さんとご家族もいました。
と伝えると、患者さんは満面に笑みを浮かべてうなずいていました。 ちょっと寂しそうではありましたが。
緩和ケア病棟に移ることによって、以前、長く治療を受けていたときの顔見知りの医師や看護師と疎遠になることは、患者さんやご家族にとって大きな苦痛です。 多忙な時間の合間をぬっての、顔見知りのスタッフの訪問は、スタッフ自身が思っている以上に歓迎されており、病気と向き合う患者の気持ちを支えているのでした。
Kさんもその一人です。 Kさんの部屋に入れていただいたのは、開院からまもない三月半ばのことでした。
初対面にもかかわらず、Kさんは「再発・進行がんの患者さんとご家族が何を求めていらっしゃるのか教えていただきたい」という私の取材趣旨を理解してくださり、たっぷり二時間ほど話してくださいました。 Kさんは、まだ入院患者が少ない状況で人恋しくなっていたのでしょう。
「ちょっと息苦しくなりそうだから、私のベッドのところによく近づいて聞いてくださいね」と笑顔で言われ、「私はあなたの質問に答えていけばいいのね?聞いてくだされば思ったことをどんどん話していくわ。 患者のことは患者が一番よく知っているし、聞いてくださいね」と積極的に応じてくださいました。
頬がピンクに染まって、ふくよかで、心地よさそうな表情にお見受けしました。 ちょうど夕食が終わり、ご気分のよいときにお訪ねしたのです。
Kさんは六年前、長男の小学校への入学を二か月後に控えた時期に乳がんがわかり、手術を受けました。 「わたしは自分で胸を触って、しこりがある、あ、これがんだ、って思ったの。
それで医師からは、飲むタイプのフシ化ピリミジン系抗がん剤を処方されていました。 この薬は、副作用が強くない代わりに、抗がん剤としての効果もあまり期待できないとされています。
乳がん治療に使われている多種多様な薬の中にあって、現在では標準治療薬ではない、とされる抗がん剤です。 しかし、当時はそうした情報もあまりなく、Kさんはこの薬を飲み、さらに、年に一回、検診を受けるように、と言われたのを守っていたそうです。
を訪ねて、検査を受けるより前に、先生、乳がんですから検査してくださいって頼んだの。 自分でわかっちゃったのよ・その前からがんについても勉強していたの。
自分で何でも知っておきたい性格だから」Kさんはすぐに行動しました。 胸の手術を受けたのは国立大学の付属病院。
その医師が都立病院に異動したときには、自分も病院を移り、同じ医師にかかって経過をみてもらっていま肺と骨にもがん手術から一○年経って、もうがんから解放された、と思っていた矢先、再発がわかりました。 同時に肺と骨への転移も見つかりました。
Kさんは、他のがん専門病院の乳腺内科にかかって詳しく調べてもらいました。 病理検査によれば、Kさんの肺がんは乳がんが肺に転移してできたものではなく、肺に新たにできたがんではないかという結果が出たとのことでした。
そこで、Kさんは、乳腺と肺、両方に効くタイプの抗がん剤の治療を受けることになりました。 Kさんは、その効果に期待を抱いていました。
しかし、抗がん剤の効果はみられませんでした。 薬が変更され別の抗がん剤も使いましたが、結果は同じ。
腫傷マーカーの検査値が上がってしまうのです。 (腫傷マーカーとは、正常な組織ではほとんどつくられないのに、がんがあると産生されて血液中に出てくる物質のことで、治療の前後の測定値の変化を見れば、治療の効果があるかどうかの目安になります。
患者さんとご家族は、その値の増減に一喜一憂しながら治療を続けていることが多いのです。 )「検査って月一回しかやらないの。
患者としては不安だから、検査結果をすぐにも知りたいけれど、「また翌月の受診日に」、といわれるの。 患者は不安だけど、医師は平気なのね。
で、待たされた挙げ句、次のときに効いていないと知らされたわけ。 もうやめましようって」最後に使った抗がん剤は、一回目に使ったあと、腫傷マーカーの値が劇的に下がり家族で喜んだそうです。
しかし、その効果も長く続きませんでした。 「一回目、数字がかなり下がって、次にも下がったけど、その次に値が上がってしまった。
私自身は最初の下がり方が大きかったから、少しぐらい上がってもと思ったけど、先生は、上がったらもうおしまい、と淡々と言ったの。 主人が勧めてくれたので、がんに効くという温泉に湯治にも出かけたわ。
九日間の湯治を二回。 でも駄目だった」Kさんはこの時点で、医師から「他の病院で診てもらったらどうか」と勧められました。
他の病院へ移る、つまり緩和ケア病棟に移ったらどうか、と示唆されたのです。 Kさん夫妻は、さっそく緩和ケア病棟のある都内の病院数か所に問い合わせました。
しかし、どの病院も「入院されても、治療はしませんが、いいですか?」とKさんに念を押したといいます。 「私は、勉強家なの。
自分でいろいろ調べて情報を集めて、これまで病気と闘ってきたの。 余命一か月から半年、と言われてしまったけど、何もしなければ、本当にそうなっちゃうかもしれない。
それでは困るのよ。 「治療しません」なんて言われたままではいられないの」Kさんは、治療の可能性がなくなった、と宣告された当時、まだ自分で歩き、日常生活も問題なく送っていました。
しかし、宣告されて以降、体力が日に日に衰え、ついには歩くことが困難になっていきました。 八方塞がりに感じていたKさんにM医師の言葉は、力強くよみがえってきたのです。
「単に入院して、何もしてもらえない、何もない、というのは困るの。 それじゃあ時間がないです」乳がんという自分の病気に長く正面から向き合っていたKさんは、しばしば患者のために開かれる医療講演会に参加していました。
患者会などの主催で、ゲストの医師を招いて最新の治療などをテーマに開かれているものです。 自分としては不本意ながら緩和ケアを受けるように勧められ、厳しい病状でどうしようか迷っていたとき、Kさんはふと、緩和ケアの専門家として講演した、M医師のことを思い出しました。
当時、M医師は都立豊島病院の緩和ケア病棟で診療していました。 そこでの実践の様子を、M医師は講演のなかで語っていたのです。
「緩和ケアを受けることは、治療の可能性を断つことではなく、治療の可能性を広げることができる。 ここまで来られたなあ、という実感があるんです。
これまでは悪夢をみているみたいでした。 ここは落ち着きます。
食事の介助も、プロが付き添ってくれるし。 前の病院では、家族が付き添わないといけなかったんですよ。
M先生は、緩和ケアは何もしない医療ではないと言っていた。 だからM先生のところに来たかったの」いっしょに闘病してきたご主人は、こう証言します。
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